今一番おすすめしたい台湾映画『本日公休』(公開中)。昨年の大阪アジアン映画祭で上映された際、来日した傅天余(フー・ティエンユー)監督と主演の陸小芬(ルー・シャオフェン)さんにインタビューしていた記事を、掲載誌「華流ドラマガイド」(コスミック出版・現在掲載号は入手不可)編集部さんの許可を得て転載いたします。
主演の陸さんは、王童(ワン・トン)監督の『看海的日子』(1983年)、陳坤厚(チェン・クンホウ)監督の『桂花巷』(1987年)、許鞍華(アン・ホイ)監督&マギー・チャン共演の『客途秋恨』(1990年)などで知られ、一世を風靡しつつも、1999年の『小卒戰將』以来、約20年間もスクリーンから遠ざかっていた“レジェンド”。そんな彼女が『本日公休』で復帰した理由などについてうかがいました。
傅監督には、理髪師の主人公のモデルはお母様ということで、理髪店の娘がどうして映画監督を目指したのか、描きたかった女性像は? などなど、たっぷりお話しをうかがいました。
『本日公休』 傅天余(フー・ティエンユー)監督&陸小芬(ルー・シャオフェン)さんインタビュー
(「華流ドラマガイド」(コスミック出版/2023年5月29日発売)より転載)
――ルー・シャオフェン(陸小芬)さんにとって20年ぶりのスクリーン復帰となりました。『本日公休』への出演を決めた理由は?
ルー・シャオフェンさん(以下、陸):脚本と監督がよかったからです。私が演じたアールイ(阿蕊)の性格は私自身にとてもよく似ています。彼女はごく普通の人で、普通のことをしている。私もこの20年間、そんな暮らしをしていました。私だってもともとは普通の人間です。それが後に映画に出るようになっただけ。俳優というのはただの仕事で、何も特別なものだと思っていません。だから、この映画の脚本に描かれた平凡な女性に強く惹かれました。こういう役は演じるとなると難しいので、力が試されると思いましたね。
――スクリーンから遠ざかっていた20年間、仕事を受けたくなかったわけではなく、演じたい脚本がなかったということでしょうか?
陸:数々の作品に出演してきましたが、いつも自分に「次の作品は、これよりも良いはず」と言い聞かせながら全力で仕事をしていました。でも、自分の中で気持ちを整理する時間がほしいと思っていました。同じ失敗を繰り返したくなかったし、私自身の暮らしはとてもシンプルで、特別なことは何もしないし、好きでもないタイプのお芝居を必ず引き受けなければいけない理由もなかった。だから、気持ちを整理する時間を取って、新しい挑戦ができる機会をずっと待っていたのです。
もし『本日公休』と出会わなければ、まだ待ち続けていたと思います。私には何のプレッシャーもありませんし、誰の意見も聞きません。なかには「いつまで待つつもりなの?」とおっしゃる方もいましたが、私自身のことなので(笑)。『本日公休』に出会い、これこそ待っていた作品だと思いました。優秀で才能あるフー・ティエンユー(傅天余)監督との出会いは、神の差配です。彼女の映画の質感や撮影方法は私が知っていたものと違っていて、その素晴らしさに驚きました。いい監督、いい脚本が揃えば、俳優にとって拒否する理由はありませんよね。
――ロケーションや構図が素晴らしい作品でした。フー監督の実家の理髪店でロケをしたそうですね。よく知っている場所だからこそ、素晴らしい絵が撮れたと言えるでしょうか?
フー・ティエンユー監督(以下、監督):この映画の中で、理髪店はとても大事な存在なので、最初は実家で撮ろうとは思っていませんでした。仕事とプライベートは分けたいタイプなので。でも、ロケハンで他の理髪店に行っても、満足できる場所がなかった。セットではなく、絶対に本物の理髪店を使いたかったのですが、撮影で使うとなると、いろいろ条件があります。営業中の店舗の場合は長時間使わせてもらえませんし、一カ月間休業してもらうことも無理です。
あるとき、プロデューサーから「脚本を書くときにイメージしたのは実家の理髪店なんだよね? だったら、そこで撮っては?」と言われたのです。母親が今でも仕事をしていますし、恥ずかしさもあったのですが、カメラマンにもいい条件が揃っていると言われたし、隣近所の方々も撮影に協力的だったので、実家で撮ることに決めました。
実家の理髪店を使っているとはいえ、美術部が手を加えています。でも、くしやハサミ、ドライヤー、タオルなどは、もとからあったもので、映画に登場する猫も本当に実家にいる猫です。
陸:あの子、私の芝居を食っちゃうのよ!(笑)
監督:母が飼っている猫です。とても自然でしょう?(笑) 脚本にはなかったのですが、リハーサルのときに自分から入ってきて座った様子がかわいかったので、カメラマンに相談して、登場させることにしました。うれしそうに行ったり来たりしてくれるし、その動きがとても自然。滅多にないことだと思います。
それから、撮影の休憩中、本当に店にお客さんが来ることもあって、母が傍らでカットをしていました。現実の生活と映画の世界に境目がなくなっていましたね。
――現在の映画の撮影現場や俳優たちの置かれている環境について、20年前と比べて変わったと感じた部分はありますか?
陸:フィルムからデジタルに変わって、いろんな面でペースが速くなりましたね。昔のゆっくりしたペースで演技していてはやっていけません。
監督:ルーさんはとてもかわいいんですよ。撮影の最初の頃、私やカメラマンとあまり話そうとしなかったんです。「なぜ怖がってるの?」と聞いたら、「昔の監督は、みんな怖かったから」だと。今は皆、友達みたいですからね。
陸:昔の監督は威厳があったんですよ。いくら若いといってもフー監督は監督なのだから、しかるべき距離と尊敬の気持ちを持って接することが基本的な礼儀だと思っています。こんなに若い監督やカメラマンと仕事をするのは初めてだもの。当時の中影(中央電影公司)のカメラマンはベテランばかりだったから、見かけると「おはようございます」と挨拶しなければいけなかった。今回のスタッフは、映画を愛する若い人ばかりでしたね。
監督:今回、台湾のトップレベルのスタッフを集めることができました。おまけにルーさんのような大先輩と、素晴らしい若手俳優たちに参加してもらえた。そんな皆さんがこの物語を気に入ってくれて、全力で撮影に臨んでくれたことに感動しました。
陸:撮影が終了したとき、「もうスケジュール表が配られないの?」という不思議な気持ちになりました。撮影中は毎日毎日、朝起きた瞬間から楽しかったんです。現場の雰囲気がとにかく楽しかった。昔は撮影が終わると急いで家に帰りましたね。
――映画の中では、アールイの娘は2人とも美容関係の仕事をしています。監督に質問です。理髪師のお母様は、店を継がずに映画監督になることを反対しませんでしたか?
監督:反対しようがありませんでしたね。うちの母は楽しい人で、アールイとよく似ています。台湾の映画やドラマでは、母親を悲惨なキャラクターに描きがちです。(ルーさんも興奮気味に同意)。私はそんなことないと思っています。うちの母はかわいらしくて元気な人で、おまけに手に職もある。もう1つ素晴らしいところは、幼い頃から子供を縛り付けなかったことです。だから私は自由に育ちました。母親から理髪師になれと言われたことは一切なく、映画や文学が好きだったので、その道に進みました。
――映画監督を志したのはいつ頃ですか? きっかけになった作品はありますか?
監督:特にきっかけになった作品があるわけではなくて、自然になりたいと思いました。子供の頃から文学が好きで、まず自分で小説を書き始め、それから脚本を書くようになりました。そのあと、人から自分で監督もやるといいと励まされ、今に至るという感じです。だけど『本日公休』を撮り終えて、自分が映画監督をやりたいと思った理由が見つかった気がします。
この映画のポスターを見てください。お客さんの後頭部が写っていますよね。私は幼い頃から理髪店で育ちました。お客さんたちの後ろに座って、雑誌を読むフリをしながら、大人たちの話を盗み聞きするのが好きでした。さまざまな家庭の事情や仕事の話を聞きながら、彼らの後頭部や鏡に映る顔を盗み見ていたのです。理髪店は、さまざまな人がいる舞台に似ています。私は人間観察が好きなので、お客さんたちの話に引きつけられました。思えば、これが映画監督としての出発点だと言えるでしょう。
――台湾ではここ数年、中年以上の女性が主役の良質なドラマや映画が制作されるようになったと感じています。でも相対的にはまだ、年齢を重ねた女性の役は少ない。こうした状況をどう感じていますか?
監督:私は作り手なので、頑張って異なるキャラクターを描き続けていきたいと思っています。自分や周囲の友達を見渡しても女性像は多様なのに、メディアに登場する女性のキャラクターは似通っています。なぜ母親というのは、永遠に苦しまなくてはいけないのか? 家族や子供に一生を捧げる母親の物語しか描かれないのか? 私はそんな母親像を書きたくないので、女性のさまざまな側面を頑張って表現していきたいと思います。俳優はまた別の見方をしているのでは?
陸:私はいい役がくるのを引き続き待っています。『本日公休』に出られたから、もう満足!
――台湾には、女性を応援する作品を作っていこうというムードがあるのですか?
監督:私個人の感覚ですが、台湾の映画界は女性監督にとって素晴らしい環境だと思います。実は台湾では、映画従事者における女性の割合がとても高いんです。差別もほとんどありませんし、女性プロデューサーも大勢います。女性に関するさまざまなテーマの作品が生まれるのを待っていると感じています。総統が女性ですからね(※当時)。いろんな国に行きましたが、台湾は女性が自由でいられる場所だと感じています。さまざまなライフスタイルが受け入れられている。
陸:台湾の女性は幸せです。生きたいように生きられる。若い人はとても自由ですね。
――ルーさんに質問です。今後どういう役柄を演じていきたいですか?
陸:フー監督に、またいい脚本を書いてもらいたいですね。彼女が一番私のことを理解しているから。そして私に、もっと実力を発揮できる場を与えてもらいたいと願っています。
監督:ルーさんは、実はとても面白くてかわいい人なので、コメディを演じてもらいたいんです。頑張って脚本を書きたいと思います。
陸:待てるけど、ちょっと急がないと、もう20年は待てないわよ(笑)。
――この作品が公開されてから、出演オファーが増えたのでは?
陸:そうですね。連絡が途絶えていた監督から連絡があったり、テレビドラマの話もありました。でも、テレビ用のお芝居は私には無理です。小さい画面に人がいっぱい。私たちの映画を見て。毛穴や細胞まで演技しているみたいでしょ。
監督:ラストシーンのルーさんの目のお芝居が素晴らしいですね。
陸:ラストシーンのセリフが気に入っています。自分を幸せにしたいと思うようになりました。自分を慰められるのは自分だけ。自分が不幸せだと、人を幸せにできない。昔の女性は、常に夫や子供、友人、兄弟姉妹を助けてきた。他人を助けて、最後に自分は体を壊してしまう。自分が幸せでいられたら、ホルモンや免疫力もアップして、健康でいられる。それから、人を恨まないこと。誰かに傷つけられても、相手を祝福してあげる。恨みや妬みの感情は要らない。今の私は、そんな風に考えられるようになりました。
『本日公休』
台湾・台中の下町で、40年にわたり理髪店を営んできた阿蕊(アールイ)。3人の子供たちは皆、成人して家を離れているが、いまだに心配は尽きない。ある日、数十年も通い続けてくれている歯科医が病床にいると聞き、店に「本日公休」の札を掲げて出張散髪に出かけるのが…。
全国順次公開中
(c) 2023 Bole Film Co., Ltd. ASOBI Production Co., Ltd. All Rights Reserved
配給:ザジフィルムズ / オリオフィルムズ
公式HP https://www.zaziefilms.com/dayoff/