ライター新田理恵/NittaRie

映画、人、お仕事について書きます。

『ブラックバード、ブラックベリー、私は私。』

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

「大掃除しないと」と思い始めて3年くらい経ちます。年末は無理だった、年明けにしよう、GWにしよう、盆休みにしよう…などと思っているうちに、あっという間に次の正月。特に40代に入ってから時間の経つのが早い早い。人生後半戦。やりたいことはできるうちに、が最近のテーマです。

やはり人生の後半戦にさしかかった女性が主人公の映画『ブラックバード、ブラックベリー、私は私。』が明日(3日)公開になるので、2025年の初めにお薦めしたいと思います。

(C) - 2023 - ALVA FILM PRODUCTION SARL - TAKES FILM LLC

舞台はシュクメルリで日本でも知名度を上げたジョージア。小さな村で雑貨店を営む48歳の女性エテロは、ずっと独身で生きてきました。ある日、崖から落ちかけて死を意識したエテロは、いつも商品の搬入にやってくる男性に、これまで感じたことのない衝動を覚え、生まれて初めて男性と肉体関係を持ちます。彼女の前に開かれた新しい扉とは…。

こう↑あらすじを紹介すると、「寂しいオバサンが人生の秋に性に目覚めてしまった話」だと思われそうですが、ちょっと違うんですよ。

雑貨店の経営と、川まで歩きブラックベリーを摘むことがエテロにとってほぼ日常のすべてなのですが、周囲が寂しい女だと哀れみの目を向けても、当の本人は今の暮らしが決して不満なわけではありません。

エテロには家族にある事情があり、強権的な父や兄の元で若年期を過ごしたことが彼女の来し方に大きく影響しています。決して幸せとは言えない半生を生き抜き、熟年になって自分の求める物、自分の価値を分かっている。そんな彼女は非常に格好よく、ずっと独身の彼女を “心配している風”に近づいてきては干渉し、相手を下げることでしか自分を上げられない同じ村の女性たちの境遇のほうがよほど哀れ。彼女たちとの会話に出てくるエテロの言葉は金言満載でスカッとします。

原作小説「Blackbird Blackbird Blackberry」を書いたタムタ・メラシュヴィリは1979年生まれの作家でありフェミニスト活動家でもあるそうで、私と同世代。ジョージアの社会情勢と同じには語れないと思いますが、日本には就職氷河期に社会に出て、非正規雇用で働き、結婚に対して夢などなく、自分の幸せを追求している女性って、すごく大勢いると思います。エテロのように独りの状況を享受できている場合はいいのですが、そうでない人もいるでしょう。そしてこの作品、ラストの展開がまたなんとも…。見終わったあと小一時間は余裕で語れる映画だと思うので、お正月休み中にでもぜひ。

(C) - 2023 - ALVA FILM PRODUCTION SARL - TAKES FILM LLC

そして、この映画を見るときっと語りたくなるはずなのが、存在感抜群のケーキ。女性たちが集まる場に、必ずスイーツが登場します。ケーキを頬ばる女たちの幸せな顔、怪訝そうな顔、グロテスクな顔、涙で濡れた顔。甘い物は幸福を与え、悲しみを癒やしもするけれど、思考を麻痺させもする。人を笑顔にするけど、困惑もさせる。エテロに次ぐ、この映画の主役だと思いました。

エテロの大好きなケーキはナポレオン。ミルフィーユ生地にクリームとイチゴが挟まった、もしケーキにカーストがあるならその華やかな見た目で上位に君臨しそうなアレをイメージするかと思いますが、ジョージアのナポレオンは、パイ生地とクリームを重ねただけの、すごく素朴でどっしりしたお菓子。こんな記事を見つけました。サムネの画像からもイメージできるでしょうか。

globe.asahi.com

カフェで知らんおっさんに太るぞと要らぬ心配をされても、このボリューミーなケーキをもりもり食べるエテロが気持ちいい。これ、日本で食べられるお店ないかな。

 

自分としては、独りでも面白おかしく生きている中年を体現していくことが今後の目標の1つでもあります。その大前提として。今年はどの占いを見ても(普段は信じるほうではないが)「健康に注意」と書かれていたため、働き方を見直して無理なく過ごしたいものです。

 

2025年1月3日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほかで公開

『ブラックバード、ブラックベリー、私は私。』
配給:パンドラ 公式サイトhttp://www.pan-dora.co.jp/blackbird

 

今年の「TCCF 創意內容大會」

昨年に引き続き、今年も「TCCF 創意內容大會」(TCCF クリエイティブコンテンツフェスタ)を取材してきました。

シネマカフェさんで既に2本アップされているのですが、こちらの俳優4名、劉品言さん×呉可熙さん×柯震東さん×林哲熹さんのトークイベント&インタビューの内容は、日本にも当てはまるところが多そうです。

www.cinemacafe.net

こちらが概要

www.cinemacafe.net

 

まだ何本かアップされます。

 

 

『本日公休』 傅天余監督&陸小芬さんインタビュー(転載)

今一番おすすめしたい台湾映画『本日公休』(公開中)。昨年の大阪アジアン映画祭で上映された際、来日した傅天余(フー・ティエンユー)監督と主演の陸小芬(ルー・シャオフェン)さんにインタビューしていた記事を、掲載誌「華流ドラマガイド」(コスミック出版・現在掲載号は入手不可)編集部さんの許可を得て転載いたします。

主演の陸さんは、王童(ワン・トン)監督の『看海的日子』(1983年)、陳坤厚(チェン・クンホウ)監督の『桂花巷』(1987年)、許鞍華(アン・ホイ)監督&マギー・チャン共演の『客途秋恨』(1990年)などで知られ、一世を風靡しつつも、1999年の『小卒戰將』以来、約20年間もスクリーンから遠ざかっていた“レジェンド”。そんな彼女が『本日公休』で復帰した理由などについてうかがいました。

傅監督には、理髪師の主人公のモデルはお母様ということで、理髪店の娘がどうして映画監督を目指したのか、描きたかった女性像は? などなど、たっぷりお話しをうかがいました。

『本日公休』より

本日公休 傅天余(フー・ティエンユー)監督小芬ルー・シャオフェン)さんインタビュー

(「華流ドラマガイド」(コスミック出版/2023年5月29日発売)より転載)

――ルー・シャオフェン(陸小芬)さんにとって20年ぶりのスクリーン復帰となりました。『本日公休』への出演を決めた理由は?

ルー・シャオフェンさん(以下、陸):脚本と監督がよかったからです。私が演じたアールイ(阿蕊)の性格は私自身にとてもよく似ています。彼女はごく普通の人で、普通のことをしている。私もこの20年間、そんな暮らしをしていました。私だってもともとは普通の人間です。それが後に映画に出るようになっただけ。俳優というのはただの仕事で、何も特別なものだと思っていません。だから、この映画の脚本に描かれた平凡な女性に強く惹かれました。こういう役は演じるとなると難しいので、力が試されると思いましたね。

――スクリーンから遠ざかっていた20年間、仕事を受けたくなかったわけではなく、演じたい脚本がなかったということでしょうか?

陸:数々の作品に出演してきましたが、いつも自分に「次の作品は、これよりも良いはず」と言い聞かせながら全力で仕事をしていました。でも、自分の中で気持ちを整理する時間がほしいと思っていました。同じ失敗を繰り返したくなかったし、私自身の暮らしはとてもシンプルで、特別なことは何もしないし、好きでもないタイプのお芝居を必ず引き受けなければいけない理由もなかった。だから、気持ちを整理する時間を取って、新しい挑戦ができる機会をずっと待っていたのです。

もし『本日公休』と出会わなければ、まだ待ち続けていたと思います。私には何のプレッシャーもありませんし、誰の意見も聞きません。なかには「いつまで待つつもりなの?」とおっしゃる方もいましたが、私自身のことなので(笑)。『本日公休』に出会い、これこそ待っていた作品だと思いました。優秀で才能あるフー・ティエンユー(傅天余)監督との出会いは、神の差配です。彼女の映画の質感や撮影方法は私が知っていたものと違っていて、その素晴らしさに驚きました。いい監督、いい脚本が揃えば、俳優にとって拒否する理由はありませんよね。

――ロケーションや構図が素晴らしい作品でした。フー監督の実家の理髪店でロケをしたそうですね。よく知っている場所だからこそ、素晴らしい絵が撮れたと言えるでしょうか?

フー・ティエンユー監督(以下、監督):この映画の中で、理髪店はとても大事な存在なので、最初は実家で撮ろうとは思っていませんでした。仕事とプライベートは分けたいタイプなので。でも、ロケハンで他の理髪店に行っても、満足できる場所がなかった。セットではなく、絶対に本物の理髪店を使いたかったのですが、撮影で使うとなると、いろいろ条件があります。営業中の店舗の場合は長時間使わせてもらえませんし、一カ月間休業してもらうことも無理です。

あるとき、プロデューサーから「脚本を書くときにイメージしたのは実家の理髪店なんだよね? だったら、そこで撮っては?」と言われたのです。母親が今でも仕事をしていますし、恥ずかしさもあったのですが、カメラマンにもいい条件が揃っていると言われたし、隣近所の方々も撮影に協力的だったので、実家で撮ることに決めました。

実家の理髪店を使っているとはいえ、美術部が手を加えています。でも、くしやハサミ、ドライヤー、タオルなどは、もとからあったもので、映画に登場する猫も本当に実家にいる猫です。

陸:あの子、私の芝居を食っちゃうのよ!(笑)

監督:母が飼っている猫です。とても自然でしょう?(笑) 脚本にはなかったのですが、リハーサルのときに自分から入ってきて座った様子がかわいかったので、カメラマンに相談して、登場させることにしました。うれしそうに行ったり来たりしてくれるし、その動きがとても自然。滅多にないことだと思います。

それから、撮影の休憩中、本当に店にお客さんが来ることもあって、母が傍らでカットをしていました。現実の生活と映画の世界に境目がなくなっていましたね。

――現在の映画の撮影現場や俳優たちの置かれている環境について、20年前と比べて変わったと感じた部分はありますか?

陸:フィルムからデジタルに変わって、いろんな面でペースが速くなりましたね。昔のゆっくりしたペースで演技していてはやっていけません。

監督:ルーさんはとてもかわいいんですよ。撮影の最初の頃、私やカメラマンとあまり話そうとしなかったんです。「なぜ怖がってるの?」と聞いたら、「昔の監督は、みんな怖かったから」だと。今は皆、友達みたいですからね。

陸:昔の監督は威厳があったんですよ。いくら若いといってもフー監督は監督なのだから、しかるべき距離と尊敬の気持ちを持って接することが基本的な礼儀だと思っています。こんなに若い監督やカメラマンと仕事をするのは初めてだもの。当時の中影(中央電影公司)のカメラマンはベテランばかりだったから、見かけると「おはようございます」と挨拶しなければいけなかった。今回のスタッフは、映画を愛する若い人ばかりでしたね。

監督:今回、台湾のトップレベルのスタッフを集めることができました。おまけにルーさんのような大先輩と、素晴らしい若手俳優たちに参加してもらえた。そんな皆さんがこの物語を気に入ってくれて、全力で撮影に臨んでくれたことに感動しました。

陸:撮影が終了したとき、「もうスケジュール表が配られないの?」という不思議な気持ちになりました。撮影中は毎日毎日、朝起きた瞬間から楽しかったんです。現場の雰囲気がとにかく楽しかった。昔は撮影が終わると急いで家に帰りましたね。

――映画の中では、アールイの娘は2人とも美容関係の仕事をしています。監督に質問です。理髪師のお母様は、店を継がずに映画監督になることを反対しませんでしたか?

監督:反対しようがありませんでしたね。うちの母は楽しい人で、アールイとよく似ています。台湾の映画やドラマでは、母親を悲惨なキャラクターに描きがちです。(ルーさんも興奮気味に同意)。私はそんなことないと思っています。うちの母はかわいらしくて元気な人で、おまけに手に職もある。もう1つ素晴らしいところは、幼い頃から子供を縛り付けなかったことです。だから私は自由に育ちました。母親から理髪師になれと言われたことは一切なく、映画や文学が好きだったので、その道に進みました。

――映画監督を志したのはいつ頃ですか? きっかけになった作品はありますか?

監督:特にきっかけになった作品があるわけではなくて、自然になりたいと思いました。子供の頃から文学が好きで、まず自分で小説を書き始め、それから脚本を書くようになりました。そのあと、人から自分で監督もやるといいと励まされ、今に至るという感じです。だけど『本日公休』を撮り終えて、自分が映画監督をやりたいと思った理由が見つかった気がします。

この映画のポスターを見てください。お客さんの後頭部が写っていますよね。私は幼い頃から理髪店で育ちました。お客さんたちの後ろに座って、雑誌を読むフリをしながら、大人たちの話を盗み聞きするのが好きでした。さまざまな家庭の事情や仕事の話を聞きながら、彼らの後頭部や鏡に映る顔を盗み見ていたのです。理髪店は、さまざまな人がいる舞台に似ています。私は人間観察が好きなので、お客さんたちの話に引きつけられました。思えば、これが映画監督としての出発点だと言えるでしょう。

――台湾ではここ数年、中年以上の女性が主役の良質なドラマや映画が制作されるようになったと感じています。でも相対的にはまだ、年齢を重ねた女性の役は少ない。こうした状況をどう感じていますか?

監督:私は作り手なので、頑張って異なるキャラクターを描き続けていきたいと思っています。自分や周囲の友達を見渡しても女性像は多様なのに、メディアに登場する女性のキャラクターは似通っています。なぜ母親というのは、永遠に苦しまなくてはいけないのか?  家族や子供に一生を捧げる母親の物語しか描かれないのか? 私はそんな母親像を書きたくないので、女性のさまざまな側面を頑張って表現していきたいと思います。俳優はまた別の見方をしているのでは?

陸:私はいい役がくるのを引き続き待っています。『本日公休』に出られたから、もう満足!

――台湾には、女性を応援する作品を作っていこうというムードがあるのですか?

監督:私個人の感覚ですが、台湾の映画界は女性監督にとって素晴らしい環境だと思います。実は台湾では、映画従事者における女性の割合がとても高いんです。差別もほとんどありませんし、女性プロデューサーも大勢います。女性に関するさまざまなテーマの作品が生まれるのを待っていると感じています。総統が女性ですからね(※当時)。いろんな国に行きましたが、台湾は女性が自由でいられる場所だと感じています。さまざまなライフスタイルが受け入れられている。

陸:台湾の女性は幸せです。生きたいように生きられる。若い人はとても自由ですね。

――ルーさんに質問です。今後どういう役柄を演じていきたいですか?

陸:フー監督に、またいい脚本を書いてもらいたいですね。彼女が一番私のことを理解しているから。そして私に、もっと実力を発揮できる場を与えてもらいたいと願っています。

監督:ルーさんは、実はとても面白くてかわいい人なので、コメディを演じてもらいたいんです。頑張って脚本を書きたいと思います。

陸:待てるけど、ちょっと急がないと、もう20年は待てないわよ(笑)。

――この作品が公開されてから、出演オファーが増えたのでは?

陸:そうですね。連絡が途絶えていた監督から連絡があったり、テレビドラマの話もありました。でも、テレビ用のお芝居は私には無理です。小さい画面に人がいっぱい。私たちの映画を見て。毛穴や細胞まで演技しているみたいでしょ。

監督:ラストシーンのルーさんの目のお芝居が素晴らしいですね。

陸:ラストシーンのセリフが気に入っています。自分を幸せにしたいと思うようになりました。自分を慰められるのは自分だけ。自分が不幸せだと、人を幸せにできない。昔の女性は、常に夫や子供、友人、兄弟姉妹を助けてきた。他人を助けて、最後に自分は体を壊してしまう。自分が幸せでいられたら、ホルモンや免疫力もアップして、健康でいられる。それから、人を恨まないこと。誰かに傷つけられても、相手を祝福してあげる。恨みや妬みの感情は要らない。今の私は、そんな風に考えられるようになりました。

『本日公休』
台湾・台中の下町で、40年にわたり理髪店を営んできた阿蕊(アールイ)。3人の子供たちは皆、成人して家を離れているが、いまだに心配は尽きない。ある日、数十年も通い続けてくれている歯科医が病床にいると聞き、店に「本日公休」の札を掲げて出張散髪に出かけるのが…。
全国順次公開中
(c) 2023 Bole Film Co., Ltd. ASOBI Production Co., Ltd. All Rights Reserved
配給:ザジフィルムズ / オリオフィルムズ
公式HP https://www.zaziefilms.com/dayoff/

映画『返校 言葉が消えた日』ジョン・スー監督インタビュー再録

本日7月26日(金)、台湾映画『流麻溝十五号』が公開。

せっかくのタイミングなので、同じ白色テロという題材をホラー映画のパッケージに落とし込んで2019年に台湾で大ヒットした映画『返校 言葉が消えた日』のジョン・スー(徐漢強)監督インタビューを貼っておきます。

こちらは2021年の日本公開時に「wezzy」に掲載されたものなのですが、サイトクローズにあたり、編集部より再録の許可をいただいていたものです。

 

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台湾の負の歴史と向き合い大ヒット

異色ホラー『返校 言葉が消えた日』監督インタビュー

(「wezzy」2021.07.30掲載)

 おいしい食べ物や、どこかノスタルジックな風景。おまけに親日家が多く、人が優しい。そんな癒しのイメージで人気の台湾だが、ほんの35年前――1987年まで言論の自由が制限されていた。

 太平洋戦争後、大陸から国民党と共にやって来た外省人に対して本省人(台湾人)が反乱を起こした1947年の「二二八事件」」を引き金に、台湾では49年から38年間にわたり「戒厳令」が布かれ、政府が反体制的な人々を弾圧。多くの人が投獄、処刑された。その弾圧は「白色テロ」(中国語では白色恐怖)と呼ばれ、社会は不安と抑圧された空気に覆われた。

 映画『返校 言葉が消えた日』は、そんな時代の空気を色濃く反映させた学園ホラーだ。

 戒厳令下の1962年、ある高校で、一部の教師と生徒による「読書会」が迫害を受ける。密かに集まり、禁じられていた自由を謳う本を読んでいたのだ。誰が彼らを密告したのか? 次第に、その謎に秘められた少女の悲しい青春と、読書会メンバーがたどった運命が解き明かされていく。

 台湾の負の歴史をテーマにしながらも、2019年に台湾で台湾映画第1位となる大ヒットを記録。大きな反響を呼んだ。自由にものが言える世の中になりさえすれば、人々は本当に自由なのか? 7月30日の日本公開を前に、ジョン・スー(徐漢強)監督にオンラインでインタビューを実施。監督が語る、若い世代が歴史に向き合っていく意義とは。

<最も恐ろしいものは現実に起きた恐怖>

――『返校』は大ヒットしたホラーゲームが原作です。映画化するにあたり、ゲームにあった要素を取捨選択して映画の柱を決めると思うのですが、どういう意図で歴史をテーマにすることにしたのでしょう?

 原作のゲームをプレイする前は、1960年代を舞台にしただけのホラーゲームだと思っていたのです。ですがプレイしてみたところ、背後にある歴史的テーマに惹かれ、ゲームをしない層にもこれを知ってもらいと思いました。確かに、ゲームにある全ての要素を映像化するわけにはいきませんでしたが、核心部分は何かと考えた時に、やはり歴史だという判断に至りました。

――劇中に登場する怪物の造型や怖がらせ方など、人間のネガティブな感情を具現化したような演出が恐ろしいと思いました。ホラー表現でこだわったことは?

 歴史をテーマにしているとはいえ、もともとはホラーゲームなので、原作のゲームと同様の抑圧的で恐ろしい空気を再現しなければと考えていました。

 ゲームが成功しているところは、当時の世の中の重苦しい雰囲気を利用して新しいホラーの演出を作り出したことです。最も恐ろしいものは、幽霊や怪物ではなく、現実に起きた恐怖です。登場人物が直面した恐怖を、悪夢という形で再現していた。ゲームをプレイしている時に、私自身が最も心地悪く、恐ろしいと感じたポイントがそこだったので、映画でも同じ手法を用いました。

――「白色テロ」は、決して大昔の出来事ではなく、この時期を経験した人や被害者の方々も多くご存命です。この大勢の人が苦しんだテーマを扱うことに怖さはなかったですか?

 「白色テロ」を扱った映画は、過去にも巨匠たちが撮っています(1989年『悲情城市』のホウ・シャオシェン監督や1991年『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』のエドワード・ヤン監督など)。あの世代にあった「話題にしてはいけない社会の空気」みたいなものは今はもうありませんが、新しい世代の監督として「どんな視点であの歴史を描くのか」という別の挑戦を迫られました。実際に白色テロを経験しているわけではないので、当時のことをよく知るために、多くの人に取材するなどフィールドワークを行って臨みました。

――出演者を連れて、白色テロの被害者やそのご家族を訪ねたとか。

 私は別の編集作業の都合で行けなかったのですが、あとで録音を聞きました。なぜ投獄されたのか、投獄される前に何があったのかなど、より詳細な話を聞くことで、当時の社会全体の雰囲気をつかみたいと思ったのです。

――そうした取材を経て、当初の脚本から大きく変更した点があるとすれば、どういうところですか?

 被害者と被害者家族への取材を通して、当時の彼らの「心境」を知ることができたことは、私にとって大きかったです。経験していない私たちにとっては、映画や小説の中の話のようでしたから。

 印象的だったのは、人生のほとんどを獄中で過ごした人でも、家族との手紙などのやり取りを見ると、「必ず生きて牢を出て、家族と再会するのだ」という前向きな気持ちを持ち続けていたことです。その気づきが映画の中で生かされたのは、後半のチャン先生と生徒のウェン・ジョンティンが刑務所で別れるシーンですね。

 最初の脚本では、2人とも非常に昂っていて、チャン先生については最後まで抵抗し続けたという風に描いていました。でも取材を通して、実際の被害者たちは意外と落ち着いた様子だったと知ったのです。刑場に連れていかれる者を、残される仲間たちが歌を唱って見送ることもあったと聞きました。

 結果的に、変更したあとの演出のほうが、より胸を打つ場面に仕上がったと思います。

<歴史と向き合うことで開ける未来>

――「過去を忘れない」「自由に生きて欲しい」という若者たちに向けたメッセージが強く打ち出された作品に仕上がっていたと思いました。どんな思いを込めたのでしょう?

 「白色テロ」の犠牲者たちは、自分にまだ未来があるのか、理想とする世の中が来るのか分からない状況でも、生きていこうとする強い意志を持っていました。

 なぜそんなことができたのか、私は不思議に思いました。取材を通して様々な理由が見つかりましたが、最も心をつかまれたのは、「生きて自分たちが経験したことを次の世代に伝えたい」という声でした。だからこの映画では、そのメッセージを特に強調したのです。

 歴史と向き合い、なぜあのような犠牲が生まれたのか、なぜあのような苦しみが生まれたのか理解しなければ、新しい「未来」は開けない。過去の傷から逃げていては、いくら開放された社会になったといっても、真の自由は訪れないのです。

――日本は自国の負の歴史に向き合うことが苦手だと感じます。監督のように、実際に当時を経験していない若い世代が、歴史に向き合う作品を作る意義をどのように考えていますか?

 台湾の人が全員歴史と向き合えているかというと、そうではありません。「向き合って反省すべき」と言う人もいますが、「水に流してこそ前に進める」と考えている人もいる。こうした議論があるからこそ、私はこの映画を通して「歴史と向き合う」というメッセージを送ることが大切だと思いました。

 実際に「白色テロ」を生き延びた世代には、自分たちの経験したことを客観的に分析し、理解することは難しいと思うのです。歴史というものは、絶えず新しい世代によって再解釈されていきます。私たちが当時のことをどのように見つめ、当事者たちの証言からどんな新しい意義を見出だすのか。それが若い世代があの負の歴史を振り返るべき理由だと思います。

 

 「忘れたの? それとも思い出すのが怖い?」とこの映画は問いかける。“臭い物に蓋をする”ではなく、しっかりと負の歴史に向き合い、自由の尊さを訴えたこの作品の意義は大きい。

 そのメッセージ性に目がいきがちだが、ホラー映画として、また多感な少年少女が主役の青春映画としても優れたエンターテインメントであり、台湾で10代から白色テロを経験した50~60代まで幅広い層を動員した(監督談)というのも頷ける作品だ。

 

Profile
ジョン・スー(徐漢強)
世新大学ラジオ・テレビ・映画総合学科の大学院を卒業。2005年のテレビ映画デビュー作「Real Online」で、台湾最大のテレビ賞である金鐘奨の最優秀監督賞を最年少で受賞し、過去の短編作品は、ロッテルダム国際映画祭に出品されている。

 

華流ドラマムック2冊

キネマ旬報ムック『最新!注目スター&中国時代劇ドラマガイド 2024』が先日発売に。イチオシドラマ「ロング・シーズン」を紹介しています。類似のムック本が増えるなか、ひと工夫ある企画ページも読み応えあり。鑑賞のお供にどうぞ。

 

www.kinejunshop.com

 

こちらも先月発売のコスミック出版「華流ドラマガイド」Vol.5 。「奇蹟」に出演された宋偉恩さん&黃雋智さん&安俊朋さんへのインタビューのほか、ドラマ「きみの星が、きらめく世界で」をご紹介。あいかわらず屈楚萧氏を推しています。映画ページでは『西湖畔に生きる』『青春』見どころを書いています。

 

 

 

 

ワン・ビン監督の『青春』

ワン・ビン監督の『青春』、東京での上映がいったん5月24日までとなるそうです(全国順次公開中!)。

ワン・ビンといえば『鉄西区』とか『収容病棟』とか『死霊魂』とか、ガツンと食らう重めの作品が有名ですが、今回は長江デルタ地域の民間衣料品工場で働く若者たちに密着したドキュメンタリー。タイトルどおり、“青春”があふれています。

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中国の町をふらふら歩いていると、地方から出稼ぎに来たのであろう若い人たちがビールの空き瓶を何本も並べてたむろしている光景によく出くわしたものですが、そんな彼らがどんな生活を送っていたのか、垣間見ることができて非常に面白かった。「おいおい、くわえタバコでミシン踏んでんの!?」とか、けっこうすごい環境で子供服が作られているという(そして一部輸入されている)衝撃とともに。

個人的には、女子が(たぶんかなり)ウザがっているのに、男子が気づかずベタベタしにいっちゃうあたりが結構リアルで、そんなところまで至近でつぶさに撮っているワン・ビン、改めて恐るべしと思いましたね。

撮影場所は民間工場ということで、賃金を上げろと交渉する従業員たちと、経営者との攻防という経済の面もカメラは丁寧に捉えています。撮影期間は、2014年からコロナ前の2019年までだそう。今はだいぶ状況が変わっているでしょうね。あの子たちがいた工場は今どうなっているのかな。

ちょっと話は違うけれども、先日中国の友人とおしゃべりしていて、コロナ禍を経て、今は安定している公務員や国有企業が若者の進路として大人気だという話になったことを思い出しました。

この作品、もう少し早く紹介したかったのですが、ちょっとバタバタしていまして…。ちなみにこのあと、5月29日発売の「華流ドラマガイド Vol.5」(コスミック出版)さんの映画ページでもご紹介しています。

 

『青春』
シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中

https://moviola.jp/seishun/

公式X:@wangbing_films

 

日台合作映画『青春18×2 君へと続く道』

GWですね。連休に見るのにぴったり、5月3日公開台合作映画『青春18×2 君へと続く道』に主演している許光漢さんってどんな俳優? という記事をムービーウォーカーさんに書きました。たっぷり前後編あります。

moviewalker.jp

moviewalker.jp

 

「時をかける愛」の大ヒットで、中華圏はもちろん韓国でも大人気ですが、日本では視聴できるチャンネルが限られていたからか、残念ながらそこまで知られてない(もちろん熱いファンはいるが)。
主演映画公開を機に、彼の魅力を広くしっていただこうという内容になっています。


執筆にあたり出演作をいろいろ見直しまして。久しぶりに『ひとつの太陽』(陽光普照)を見たんですけど、しみじみいい作品よね…。

www.netflix.com

 

 

台湾 文化コンテンツ産業の「いま」を聞く

昨年11月に取材した「2023 TCCF クリエイティブコンテンツフェスタ」(Taiwan Creative Content Fest)の記事がすべて出ました。

台湾のドラマ、映画をはじめ文化コンテンツ産業の「いま」が分かる興味深い内容になっているかと思います。

 

www.cinemacafe.net

 

branc.jp

 

www.cinemacafe.net

 

branc.jp

『赤い糸 輪廻のひみつ』配給のご苦労を聞く

公開中の台湾映画『赤い糸 輪廻のひみつ』、配給の葉山友美さんにお話を聞きました。

note.com

2021年に台湾で大ヒットした作品ですが、全世界配信権が某配信大手に売れているため、どこも買わなかったと思われる本作。日本で見られないのは惜しい…!と、さまざまなご苦労の末に公開にこぎ着けた経緯をうかがっています。

映画公式さんの投稿より

続き

台湾映画を日本の映画館で見る機会が減っているのは寂しい。Netflix等には新作の映画やドラマがどんどんくるので、加入者は手軽に見られるようになったのですが、やっぱりスクリーンで見たい派です。

「華流ドラマガイドvol.3」

「華流ドラマガイドvol.3」が発売中。

台湾BLドラマ「You Are Mine」主演お2人のインタビューと、公開中『サタデー・フィクション』ロウ・イエ監督のインタビューを担当しています。 

 

「You Are Mine」
とにかく2人のケミがすばらしく、かわいらしくて、この秋、仕事に疲れた私を癒してくれました。

 

台湾 金馬奨とNetflix

11月25日に行われた台湾金馬奨の授賞式。どの映画か全部わかるように編集されているオープニング映像が素晴らしくて、繰り返し見ています。

 

youtu.be

こちらはメイキング。楽しいなあ。

youtu.be

ここで説明されているような撮影技術、先日取材した「2023 TCCF クリエイティブコンテンツフェスタ(Taiwan Creative Content Fest )」でもしっかりした展示がありました。記事化したらシェアします。

 

今回、プレゼンターとマスタークラスの講師を務めた満島ひかりさん。台湾ではNetflixのドラマ「First Love 初恋」の影響で大人気。日本でも「愛の不時着」や「イカゲーム」などは話題になりましたが、Netflixの影響力が全然違う。先日の取材でお世話になった文策院の方も、Netflixでランキング上位になる作品や主演俳優のことは、だいたい誰でも知っていて、だから最近「誰でも知ってる」日本の俳優は多くないけど韓国の俳優は非常に知名度が高いという話をされていました。

 

そうした関連の話も、記事化したらシェアします(たぶん笑)。

 

ウートピさん

インタビューや映画の紹介など、よく記事を書かせていただいていたwebサイト「ウートピ」さんが10月末でクローズしました。

 

編集さんの視点がよくて、読み応えのある記事が多かったので、読者としても残念。

ぜひどこかで復活を…!(祈)

 

ということで、このブログの過去記事の中にも、先月からリンクが無効になっているものが多数ありますが、それは「ウートピ」さんへの寄稿記事です。タイトルだけになりますがアーカイブ的に残しておきます。